リーデル・ジャパン 内海 健さんに聞く『この業界に出会い、得たもの』
インタビュー
2026.03.16
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1756年、ボヘミアで誕生したRIEDEL(リーデル)。
“ブドウ品種別グラス”という革新的な発想で、世界のワイン文化に新たな価値をもたらしてきたブランドは、今年で創業270周年を迎えました。長い歴史の中で培われた哲学は世界各国へと広がり、日本市場においても確かな存在感を築いています。
その日本での歩みを、誰よりも長く、そして深く支え続けてきたのが、RSN Japan 株式会社の内海 健さん。穏やかな語り口と、スーツをきちんと着こなす凛とした佇まい。その奥には、RIEDELへの揺るぎない愛情と、日本市場においてブランドの価値を伝え、育ててきた誇りがにじみます。
今回は、RIEDELと共に歩んできた軌跡、そしてこの業界で働くことの魅力について、内海さんにお話を伺いました。
“ブドウ品種別グラス”という革新的な発想で、世界のワイン文化に新たな価値をもたらしてきたブランドは、今年で創業270周年を迎えました。長い歴史の中で培われた哲学は世界各国へと広がり、日本市場においても確かな存在感を築いています。
その日本での歩みを、誰よりも長く、そして深く支え続けてきたのが、RSN Japan 株式会社の内海 健さん。穏やかな語り口と、スーツをきちんと着こなす凛とした佇まい。その奥には、RIEDELへの揺るぎない愛情と、日本市場においてブランドの価値を伝え、育ててきた誇りがにじみます。
今回は、RIEDELと共に歩んできた軌跡、そしてこの業界で働くことの魅力について、内海さんにお話を伺いました。
キャリアの原点
● RIEDELとの出会い
神戸で生まれ育った私は、大学卒業後、大阪に本社を構えるライフスタイル商品を扱う商社に新卒で入社しました。当時、その会社はRIEDELの輸入元エージェントとして家庭用品の卸を手がけており、今とは会社は違いますが、ここが私とRIEDELとの最初の出会いとなります。
入社1年目は倉庫での入出荷作業から始まり、商品の検品や出荷準備、在庫管理を学びました。最初は現場でモノの流れを覚えることが仕事でしたね。その後は販売の現場にも立つようになり、実際にお客様と向き合う経験も重ねました。いわば、基礎からのスタートです。
実は、当時の私は接客や販売に情熱を燃やしていたかと言われると……そうでもなかったんですよね(笑)。とにかく目の前の業務をきちんとこなすことで精一杯でした。ただ、商品を扱ううちに、その品質や背景に触れる機会が増え、「いいものをどう届けるか」という視点は、自然と身についていったように思います。
振り返れば、この時期に経験した現場業務や販売の仕事が、その後のキャリアの土台になっています。
● 転機は突然に
転機は、入社2年目に突然訪れました。
当時、会社は卸だけでなく、自分たちが輸入した商品を販売する小売部門を立ち上げていました。その事業を広める第一歩として、札幌への出店が決まった時のこと。
私宛に、一本の電話がかかってきました。
「札幌、行ってくれる?」
受話器の向こうから届いたのは、そのひと言。
社長から、突然の電話でした。
札幌店の店長として出向の打診をされて、気づいた時には「はい!」と答えていました。自分でも驚くほどの即答でしたよ。なんというか…断る勇気がなかったんです。だって、周りの先輩方から、「社長はとにかく怖いぞ!」と聞いていましたから(笑)。
とはいえ、それまで実家を出たこともなく、北海道に行ったこともありません。販売経験も十分とは言えず、もちろん店長の経験もない。正直、不安は山ほどありました。
それでもそんなことにはお構いなしに、未知の土地・札幌での挑戦が始まることになったんです。
神戸で生まれ育った私は、大学卒業後、大阪に本社を構えるライフスタイル商品を扱う商社に新卒で入社しました。当時、その会社はRIEDELの輸入元エージェントとして家庭用品の卸を手がけており、今とは会社は違いますが、ここが私とRIEDELとの最初の出会いとなります。
入社1年目は倉庫での入出荷作業から始まり、商品の検品や出荷準備、在庫管理を学びました。最初は現場でモノの流れを覚えることが仕事でしたね。その後は販売の現場にも立つようになり、実際にお客様と向き合う経験も重ねました。いわば、基礎からのスタートです。
実は、当時の私は接客や販売に情熱を燃やしていたかと言われると……そうでもなかったんですよね(笑)。とにかく目の前の業務をきちんとこなすことで精一杯でした。ただ、商品を扱ううちに、その品質や背景に触れる機会が増え、「いいものをどう届けるか」という視点は、自然と身についていったように思います。
振り返れば、この時期に経験した現場業務や販売の仕事が、その後のキャリアの土台になっています。
● 転機は突然に
転機は、入社2年目に突然訪れました。
当時、会社は卸だけでなく、自分たちが輸入した商品を販売する小売部門を立ち上げていました。その事業を広める第一歩として、札幌への出店が決まった時のこと。
私宛に、一本の電話がかかってきました。
「札幌、行ってくれる?」
受話器の向こうから届いたのは、そのひと言。
社長から、突然の電話でした。
札幌店の店長として出向の打診をされて、気づいた時には「はい!」と答えていました。自分でも驚くほどの即答でしたよ。なんというか…断る勇気がなかったんです。だって、周りの先輩方から、「社長はとにかく怖いぞ!」と聞いていましたから(笑)。
とはいえ、それまで実家を出たこともなく、北海道に行ったこともありません。販売経験も十分とは言えず、もちろん店長の経験もない。正直、不安は山ほどありました。
それでもそんなことにはお構いなしに、未知の土地・札幌での挑戦が始まることになったんです。

新しい自分と出会う
● 新たな土地での挑戦
札幌での生活は、とにかく不安ばかりでした。経験のない仕事に加え、知っている人も一人もいない環境。新しい土地にはなかなか慣れず、落ち着くまでには1年以上かかったように思います。
それでも、少しずつ仲間が増え、北海道での生活が楽しいと感じられるようになったのは、2年目に入った頃ですかね。ライフスタイルショップの店長として、陶器やグラス、インテリアの壁掛けなどを販売しながら、お客様と向き合う時間に慣れてきた頃のことです。
勤務先が百貨店の中にある平場の店舗だったこともあり、周りのショップの方々とも自然と交流が生まれ、話すことも増えました。中でも、隣の店舗の店長とは特に親しくなり、今でも年賀状をやり取りをするほど。なかなか会う機会はありませんが、あの頃のご縁が今もつながっているのは嬉しいことです。
● 予定通りにいかないキャリア
札幌には3年という約束で来たはずだったんですが、気づけば5年も過ごしていました。社長が怖くて、「もう帰りたい!」なんて言えなかったんですよ。
ただ、ちょうどその頃、会社全体では大阪に新しい店舗を出す計画が決まったんです。そして、その新店舗の店長には、関西出身という理由だけで、私が配属されることが決まりました。
ただ、「やっと帰れる!」と喜んだのも束の間、すぐに大阪へというわけではありませんでした。新店舗の準備のため、青山の本店で1年間働くことになったんです。札幌では扱っていなかったオリーブオイルやハーブなどの食材もあったので、まるで修行のような1年間でしたね。ただ、この遠回りがなければ得られなかった知識がたくさんありました。今振り返ってみると、とても充実した時間だったと思います。
札幌での生活は、とにかく不安ばかりでした。経験のない仕事に加え、知っている人も一人もいない環境。新しい土地にはなかなか慣れず、落ち着くまでには1年以上かかったように思います。
それでも、少しずつ仲間が増え、北海道での生活が楽しいと感じられるようになったのは、2年目に入った頃ですかね。ライフスタイルショップの店長として、陶器やグラス、インテリアの壁掛けなどを販売しながら、お客様と向き合う時間に慣れてきた頃のことです。
勤務先が百貨店の中にある平場の店舗だったこともあり、周りのショップの方々とも自然と交流が生まれ、話すことも増えました。中でも、隣の店舗の店長とは特に親しくなり、今でも年賀状をやり取りをするほど。なかなか会う機会はありませんが、あの頃のご縁が今もつながっているのは嬉しいことです。
● 予定通りにいかないキャリア
札幌には3年という約束で来たはずだったんですが、気づけば5年も過ごしていました。社長が怖くて、「もう帰りたい!」なんて言えなかったんですよ。
ただ、ちょうどその頃、会社全体では大阪に新しい店舗を出す計画が決まったんです。そして、その新店舗の店長には、関西出身という理由だけで、私が配属されることが決まりました。
ただ、「やっと帰れる!」と喜んだのも束の間、すぐに大阪へというわけではありませんでした。新店舗の準備のため、青山の本店で1年間働くことになったんです。札幌では扱っていなかったオリーブオイルやハーブなどの食材もあったので、まるで修行のような1年間でしたね。ただ、この遠回りがなければ得られなかった知識がたくさんありました。今振り返ってみると、とても充実した時間だったと思います。
自分に価値をつけるスキル
● 成長する人に共通すること
長くこの仕事をしていると、伸びていく人とそうでない人の違いも見えてきます。やはり大きいのは、「自分で考える力」だと思っているんです。
仕事をしていると、誰しもが必ずどこかで壁にぶつかります。その時に「どうしたらもっと良くなるだろう」と自分に問いかけ続けられるかどうか。悩みながらでも考え続ける人は、少しずつ成長していくものなんです。
だから私は、0から100まで全てを教えるような指導はいたしません。もし100教えてしまったら、自分で考える余地がなくなってしまいますから。50か60くらい伝えたら、あとは自分で調べたり、悩んだりしながら掴んでいく。その経験が、最終的には自分自身の力になっていくんですよね。
● お客様の気持ちを感じ取る
店頭に立っていた頃、私が一番意識してきたのは「お客様の気持ちを感じ取ること」でした。人は言葉では「大丈夫です」と言っていても、本当の気持ちは違うことがあります。ほんの一瞬の表情や声のトーン、視線の動き。そうした微妙な変化を感じ取ることが、とても大事なんです。でも、私自身感じ取れるようになるまでには、ずいぶん時間がかかりましたけどね(笑)。
どこに行っても「いらっしゃいませ」や「こんにちは」というお出迎えの一言は同じです。でも、その一言には気持ちが表れるんですよね。丁寧な言葉遣いだけが正解ではなく、本当に気持ちがこもっているかどうかが大切だと思っています。
● 売り方は現場から学ぶもの
接客や販売のスキルは、誰かに教えてもらうだけでは身につきません。私自身も、いろいろなお店に足を運んで体験し、勉強してきました。どんな売り方をしているのか、どんな言葉でお客様に声をかけているのか。そうしたことを自分なりに観察していくことが大事なんです。
例えば、土地によってお客様の感覚だって違います。北海道で売れるものと青山で売れるものは違いますし、日本と海外で必要とされるものも違う。商品の見せ方も変わってきます。どうすればお客様の足が止まるのか、どんなディスプレイが目を引くのか。そうしたことを考えながら、お店を見て回るのが私の勉強法の一つでした。
そうして現場で見たことや感じたことを少しずつ自分の中に積み重ねていく。その積み重ねが、接客の引き出しを少しずつ増やしてくれます。
長くこの仕事をしていると、伸びていく人とそうでない人の違いも見えてきます。やはり大きいのは、「自分で考える力」だと思っているんです。
仕事をしていると、誰しもが必ずどこかで壁にぶつかります。その時に「どうしたらもっと良くなるだろう」と自分に問いかけ続けられるかどうか。悩みながらでも考え続ける人は、少しずつ成長していくものなんです。
だから私は、0から100まで全てを教えるような指導はいたしません。もし100教えてしまったら、自分で考える余地がなくなってしまいますから。50か60くらい伝えたら、あとは自分で調べたり、悩んだりしながら掴んでいく。その経験が、最終的には自分自身の力になっていくんですよね。
● お客様の気持ちを感じ取る
店頭に立っていた頃、私が一番意識してきたのは「お客様の気持ちを感じ取ること」でした。人は言葉では「大丈夫です」と言っていても、本当の気持ちは違うことがあります。ほんの一瞬の表情や声のトーン、視線の動き。そうした微妙な変化を感じ取ることが、とても大事なんです。でも、私自身感じ取れるようになるまでには、ずいぶん時間がかかりましたけどね(笑)。
どこに行っても「いらっしゃいませ」や「こんにちは」というお出迎えの一言は同じです。でも、その一言には気持ちが表れるんですよね。丁寧な言葉遣いだけが正解ではなく、本当に気持ちがこもっているかどうかが大切だと思っています。
● 売り方は現場から学ぶもの
接客や販売のスキルは、誰かに教えてもらうだけでは身につきません。私自身も、いろいろなお店に足を運んで体験し、勉強してきました。どんな売り方をしているのか、どんな言葉でお客様に声をかけているのか。そうしたことを自分なりに観察していくことが大事なんです。
例えば、土地によってお客様の感覚だって違います。北海道で売れるものと青山で売れるものは違いますし、日本と海外で必要とされるものも違う。商品の見せ方も変わってきます。どうすればお客様の足が止まるのか、どんなディスプレイが目を引くのか。そうしたことを考えながら、お店を見て回るのが私の勉強法の一つでした。
そうして現場で見たことや感じたことを少しずつ自分の中に積み重ねていく。その積み重ねが、接客の引き出しを少しずつ増やしてくれます。

気持ちのリセット
● 立ち止まったから見えた景色
北海道で働いていた頃、夏休みを利用して稚内の近くまで一人旅に出かけたことがあります。そこで目にしたのは、360度どこまでも続く地平線。目の前に広がる雄大な景色に、ただ圧倒されました。
実はその頃、仕事にも少し慣れてきた一方で、心が少し疲れてしまっていた時期でもありました。百貨店勤務は土日休みが取りづらく、友人たちと休みが合わないことも多かったので、一人で旅行に出かけることもよくあったんです。
そんな旅の帰り道、台風が来てしまい電車が止まって札幌に戻れなくなったことがありました。翌日は出勤だったので焦りましたが、どうにもならない状況です。店舗のメンバーに連絡してお店を任せることにして、「もう仕方ないな」と開き直ってそのまま自然の中で過ごしているうちに、ふっと気持ちが軽くなったことを覚えています。
あの景色を見ていたら、自分の悩みなんて本当に小さなものだと思えてきたんですよね。
● 人生を支えてくれる存在
妻と出会ったのは、札幌で働いていた頃のことです。北海道に来て3年目、25歳か26歳くらいでしたかね。仲間内の飲み会で知り合い、最初はただの友達でした。当時はまだ携帯電話もポケベルもない時代。連絡を取るといえば家の電話くらいで、今のように気軽につながれる環境ではありませんでした。
そんな関係が少し変わったのは、東京へ行くことが決まった頃です。札幌を離れると分かった時に、ふと彼女のことが気になり始めたんですよ。東京に行った後、札幌へ遊びに行く機会があり、その時に思い切って気持ちを伝えました。そこから1年間の遠距離恋愛を経て、大阪店への異動が決まったタイミングでプロポーズ。彼女は北海道から大阪へ来てくれました。地元を離れるのは勇気がいることだったと思いますが、それでも一緒に来てくれたことが本当に嬉しかったですね。
気がつけば、今年で結婚40年になります。妻は、慎重なんだけど大胆、弱気なんだけど強気。どれだけ一緒にいても飽きません。休みの日には二人で山へ出かけて、鳥の写真を撮ったりしています。共に楽しめる時間があることが、私にとっては何よりのリフレッシュであり、大きな支えとなっています。
● 自分を整える時間
昔も今も、家を探すときはできるだけ自然に近い場所を選んできました。その分、通勤には1時間以上かかるんですけどね。でも、この時間が私にとってはとても大切なんです。
電車に揺られながら、少し頭を空っぽにする。いわば「無」になる時間ですね。仕事で悩み事があったとしても、その1時間の通勤の中で少しずつ気持ちが整理されていくことが多いんです。
人は、体が疲れていたり気持ちが弱っていたりすると、なかなかいい考えは浮かんでこないものです。そんな時に無理に答えを出そうとしても、納得のいく結論にはなかなかたどり着きません。だからこそ、あえて悩み事を考えない時間をつくる。自分の気持ちを切り替えることも大切だと思っています。
北海道で働いていた頃、夏休みを利用して稚内の近くまで一人旅に出かけたことがあります。そこで目にしたのは、360度どこまでも続く地平線。目の前に広がる雄大な景色に、ただ圧倒されました。
実はその頃、仕事にも少し慣れてきた一方で、心が少し疲れてしまっていた時期でもありました。百貨店勤務は土日休みが取りづらく、友人たちと休みが合わないことも多かったので、一人で旅行に出かけることもよくあったんです。
そんな旅の帰り道、台風が来てしまい電車が止まって札幌に戻れなくなったことがありました。翌日は出勤だったので焦りましたが、どうにもならない状況です。店舗のメンバーに連絡してお店を任せることにして、「もう仕方ないな」と開き直ってそのまま自然の中で過ごしているうちに、ふっと気持ちが軽くなったことを覚えています。
あの景色を見ていたら、自分の悩みなんて本当に小さなものだと思えてきたんですよね。
● 人生を支えてくれる存在
妻と出会ったのは、札幌で働いていた頃のことです。北海道に来て3年目、25歳か26歳くらいでしたかね。仲間内の飲み会で知り合い、最初はただの友達でした。当時はまだ携帯電話もポケベルもない時代。連絡を取るといえば家の電話くらいで、今のように気軽につながれる環境ではありませんでした。
そんな関係が少し変わったのは、東京へ行くことが決まった頃です。札幌を離れると分かった時に、ふと彼女のことが気になり始めたんですよ。東京に行った後、札幌へ遊びに行く機会があり、その時に思い切って気持ちを伝えました。そこから1年間の遠距離恋愛を経て、大阪店への異動が決まったタイミングでプロポーズ。彼女は北海道から大阪へ来てくれました。地元を離れるのは勇気がいることだったと思いますが、それでも一緒に来てくれたことが本当に嬉しかったですね。
気がつけば、今年で結婚40年になります。妻は、慎重なんだけど大胆、弱気なんだけど強気。どれだけ一緒にいても飽きません。休みの日には二人で山へ出かけて、鳥の写真を撮ったりしています。共に楽しめる時間があることが、私にとっては何よりのリフレッシュであり、大きな支えとなっています。
● 自分を整える時間
昔も今も、家を探すときはできるだけ自然に近い場所を選んできました。その分、通勤には1時間以上かかるんですけどね。でも、この時間が私にとってはとても大切なんです。
電車に揺られながら、少し頭を空っぽにする。いわば「無」になる時間ですね。仕事で悩み事があったとしても、その1時間の通勤の中で少しずつ気持ちが整理されていくことが多いんです。
人は、体が疲れていたり気持ちが弱っていたりすると、なかなかいい考えは浮かんでこないものです。そんな時に無理に答えを出そうとしても、納得のいく結論にはなかなかたどり着きません。だからこそ、あえて悩み事を考えない時間をつくる。自分の気持ちを切り替えることも大切だと思っています。

この業界で働く方、そしてこれからチャレンジされる方達へ
リテールの仕事って、本当に面白い仕事だと思うんです。商品を通して、その魅力や背景にあるストーリーをお客様にお伝えし、喜んでいただける。そんな瞬間に立ち会えることが、この仕事の大きな魅力ではないでしょうか。
自分のためというよりも、誰かのために働く。その想いが、お客様の笑顔や「ありがとう」という言葉として返ってくる。そうした経験は、この仕事ならではのものだと思います。
もちろん仕事ですから、お金も大切です。でも、それだけではない大切なことを、この業界はたくさん教えてくれます。人との出会いや経験を重ねる中で、自分自身の人生も少しずつ豊かになっていく。私はそんなふうに感じながら、この仕事を続けてきました。
今この業界で働いている方も、これからチャレンジしようとしている方も、この仕事の面白さを感じながら、それぞれの歩みを重ねていっていただけたら嬉しいですね。
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PROFILE
内海 健
1956年兵庫県出身。
大学卒業後、中山福株式会社に入社。約1年半勤務したのち、
子会社である株式会社銀座ブルーメにて自社ショップ運営を約10年間担当。
その後、営業責任者としてリーデルジャパン(RSN Japan株式会社)へ。
リテールマネージャーとしてショップ運営に携わり、現在は総務マネージャーとして勤務。
趣味は自然散策。野鳥や風景等ネイチャーフォトを撮り歩く。
自分のためというよりも、誰かのために働く。その想いが、お客様の笑顔や「ありがとう」という言葉として返ってくる。そうした経験は、この仕事ならではのものだと思います。
もちろん仕事ですから、お金も大切です。でも、それだけではない大切なことを、この業界はたくさん教えてくれます。人との出会いや経験を重ねる中で、自分自身の人生も少しずつ豊かになっていく。私はそんなふうに感じながら、この仕事を続けてきました。
今この業界で働いている方も、これからチャレンジしようとしている方も、この仕事の面白さを感じながら、それぞれの歩みを重ねていっていただけたら嬉しいですね。
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PROFILE
内海 健
1956年兵庫県出身。
大学卒業後、中山福株式会社に入社。約1年半勤務したのち、
子会社である株式会社銀座ブルーメにて自社ショップ運営を約10年間担当。
その後、営業責任者としてリーデルジャパン(RSN Japan株式会社)へ。
リテールマネージャーとしてショップ運営に携わり、現在は総務マネージャーとして勤務。
趣味は自然散策。野鳥や風景等ネイチャーフォトを撮り歩く。

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