Repetto 室田 陽子さんに聞く『想いをつなぐ』

インタビュー
2026.01.20
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1947年、フランス・パリで誕生したRepetto(レペット)。
一足のバレエシューズから始まったそのものづくりには、「踊る人の身体に寄り添う」という哲学が、今も変わらず息づいています。

職人の手仕事と美しさ、そして日常にも溶け込むデザイン。時代を超えて愛されるレペットの世界観は、ステージの内外で多くの人々を魅了してきました。

今回お話を伺ったのは、レペットの卸を担当し、ブランドとリテールの現場をつなぐ室田陽子さん。
様々な立場から現場に寄り添い続けてきた室田さんの言葉には、商品を通して、ブランドの背景や想いをお客様へつないでいくという使命感と、現場で想いを届けるスタッフ、そして共に歩む取引先への変わらぬ敬意が込められています。

土台になったもの

● 音楽に囲まれて育った幼少期

母が音楽の仕事をしていたこともあり、3歳からピアノを始めました。気づけば「将来はピアニストになるもの」と、ごく自然に思っていた気がします。神戸で生まれ、父の転勤をきっかけに神奈川で育ちましたが、どこにいても生活の中心にはいつもピアノがありました。

外で遊んだ記憶はあまりなく、放課後も休日も、鍵盤に向かう時間が当たり前の日々。できるようになるまで何度も繰り返す練習は正直つらくて、泣きながら弾いていたこともあります。それでも不思議と、「やめる」という選択肢はなかったんですよね。

今振り返ると、あの頃のピアノは音楽のためだけのものではなかったように思います。簡単には投げ出さず、できるまで向き合うこと。積み重ねることでしか前に進めない時もあるということを、母は言葉ではなく、環境と時間で教えてくれました。当時は厳しいと感じることも多かったですが、今ではそのすべてに感謝しています。


● 一人で弾く音楽から、誰かと奏でる音楽へ

中学生の頃、世の中はバンドブーム。友人に誘われてバンド活動をはじめました。高校では先輩が所属する大学生のバンドに、キーボードやドラムのヘルプとして声をかけてもらい、参加するようになったんです。

それまでの私は、一人でピアノを弾く世界しか知りませんでした。誰かと音を合わせ、呼吸を感じながら演奏する体験は、とても新鮮で刺激的!同じ音楽でも、誰かと奏でるだけで、こんなにも景色が変わるのかと驚いたことを覚えています。

ピアノを続けてきたからこそ出会えた人や縁のおかげで、音楽は一人で完結するものではなく、人とつながるものなのだと知ることができました。継続するって大事ですね。このときに感じた感覚は、今の私の仕事観にも、確かにつながっています。


● ファッションとの出会い

ピアノ一筋だった私にとって、ファッションはどこか遠い存在。日々の関心は音楽に向いていて、装いで自分を表現するという発想は、ほとんどなかったと思います。

そんな私がファッションに興味を持ったのは、高校生の頃でした。足を運んだライブで、他のバンドに所属していた先輩がかぶっていた、黒いフェルト素材のクラシカルなリボン付き帽子。その佇まいがとても印象的で、演奏と同じくらい強く心に残ったんです。音だけでなく、見た目や雰囲気も含めて「その人らしさ」が伝わってくる。そのことに、初めて気づかされた瞬間でした。

「私もあんな帽子をかぶってみたい」——そう思い、高校2年生のときに黒いリボンが付いたフェルトの帽子を購入したんです。似合うかどうかよりも、「これを私のトレードマークにしたい」と思えたこと自体が、とても新鮮でした。あのときの小さなときめきが、のちにファッションの世界へとつながっていく入口だったと思うと、不思議な縁を感じます。


● アパレル業界へ進んだキッカケ

大学進学のタイミングで、私は「音楽の道に進む」という考えを手放しました。
これまで当たり前のように思い描いてきた将来像でしたが、もっと広い世界をみるために、音楽は趣味として続ける選択をしたんです。毎日弾いてきたピアノと少し距離を置きながら、新しい環境に身を置き、大学生活を送っていました。そして3年生のとき、就職活動が始まったんです。

私の代は就職氷河期の初年度で、「どこで働くか」以前に、「就職できるかどうか」が大きな課題となる時代。周囲も私自身も、強い焦りの中でのスタートでした。

就職活動はとにかく厳しく、食品業界や商社、雑貨、花屋、スーパーまで、少しでも興味を持った企業には手当たり次第にエントリーし、40社以上受けましたね。ただ、それだけ受けても「ここで働きたい」と心から思える会社にはなかなか出会えず、いつの間にか内定を取ること自体が目的になっていきました。

そんなある日、私を見かねた父が「今受けている会社で、本当に働きたいのか?」と言ったんです。

当時、父は株式会社レナウンに勤めていました。アパレルの世界に人生を捧げてきた人です。
私が大学生の頃には、海外ブランドであるJ.CREW(ジェイクルー)を日本に持ち込み、市場に根付かせるプロジェクトの中心にいました。家にはよく仕事仲間が集まり、お酒を片手に夜遅くまでブランドや現場の話をする光景が——。忙しさの中でも、仲間と仕事を心から楽しむ姿。今振り返っても鮮明に思い出せるほど、私の中に刻まれています。

父は「ファッションの仕事は、本当に楽しいぞ」と言い、焦って就職先を決めるのではなく、自分が心から向き合える道を選ぶべきだと教えてくれました。そして勧めてくれたのが、かつてレナウングループ傘下にあった株式会社ルック。迷いの多い就職活動でしたが、父の言葉と、これまで見てきた景色が重なり、進むべき道がはっきりと見えた瞬間でした。

今の私をつくった経験

● 現場で学んだ、「販売」という仕事

1994年、株式会社レナウンルック(現在の株式会社ルック)へ入社し、気づけば今年で32年目になります。ありがたいことに、これまでずっと一つの会社で経験を積んできました。入社当初は、百貨店のミセスブランドを中心に運営する部署に事務職として配属され、周囲は右も左も大先輩ばかり。そこで初めて、「販売」という仕事の奥深さを知ることになります。

先輩方が大切にしていたのは、一枚の客注、一人のお客様。その姿勢には一切の妥協がなく、ただただ学ぶことばかりでした。お客様に向き合う真剣さ、商品に対する責任感。その熱意を間近で感じながら育ててもらった、大事な時間です。


● 忘れられない、ニューヨークでの経験

入社5年目の1999年、私は突然、インポートブランドである「マークジェイコブス」のコレクションラインシューズ・BAGのバイヤーを任されることになりました。当時のマーク ジェイコブスは、株式会社ルックが日本での販売を担い、これから本格的に市場を広げていこうとしていた重要なブランド。バイヤーはその最前線に立つ役割でしたが、私自身に経験はゼロ。さらに、長年担当していた先輩が急遽退職され、十分な引き継ぎもないままのスタートでした。

不安を抱えたまま家に帰り、主人に相談すると、「せっかくだから頑張ってみたら?」と背中を押してくれたんです。その一言に救われ、「こんな経験は、誰にでもできることじゃない」と自分に言い聞かせ、覚悟を決めました。

その後は、ニューヨークのコレクションと、イタリア・ミラノで行われるシューズ展示会(当時マークジェイコブスのシューズはイタリアの会社が生産していたため)で発表されるコレクションに合わせ、に合わせ、日本でマーク ジェイコブスをどう育てていくかを考える日々。展示会の準備や値付け、資料作成に追われながら、全国から足を運んでくださるお客様一人ひとりと向き合い、売約をいただくことが私の役割でした。

そして、バイヤー3年目を迎えた2001年。9月10日に開催されるニューヨークコレクションに合わせ、チームの皆と現地へ向かったんです。本場のショーを目の当たりにし、マーク ジェイコブスの可能性を改めて実感した時間。翌日から始まる展示会準備に向け、期待と高揚感は最高潮に達していました。

翌日、午後からの展示会に向けてホテルを出た、そのときでした。
アメリカ同時多発テロに遭遇したのです。

まだスマートフォンもない時代。情報は限られ、街は混乱し、リアルな状況は日本にいる家族からホテルへかかってきた電話で知りました。そこから約1週間、外出もままならず、ホテルに缶詰状態。それでも「何かしなくては」と、ホテルで資料を作り、遠隔でお客様対応を続けました。
帰国後、現物のない状態で資料だけを頼りにオーダーをいただいた経験は、仕事に向き合う姿勢と責任の重さを、深く心に刻む出来事となりました。


● 卸として学んだ、「折り合い」をつける力

ニューヨークでの経験を経て、仕事に向き合う姿勢が大きく変わった頃。
2005年、入社10年目で私はマリメッコの卸を担当することになります。

マリメッコは、フィンランド発祥のブランドで、大胆なプリントと色使いが世界中で愛されている存在。日本では、2005年から株式会社ルックが正規輸入・販売を手がけることとなり、私はその立ち上げ期から関わらせていただきました。「このブランドの魅力を、どうすれば日本で正しく、そして長く愛してもらえるのか」——その問いと向き合う日々の始まりでした。

マリメッコは、洋服だけでなく、生地、雑貨、食器など、暮らしそのものに寄り添うブランドです。そのため取引先様も、アパレルに限らず、建築、飲食、インテリア業界など多岐にわたり、当時のルックとしても前例の少ない分野ばかり。扱う商材も、考え方も、商習慣も異なる中で、ゼロから関係を築いていく必要がありました。

インポートブランドの販売は、本国展示会から始まり、日本での展示会、オーダー、入荷、納品と工程が多く、時間もかかります。当時はまだ珍しかった「展示会で半年先のオーダーをいただく」スタイルに、「半年後の話を今決めるの?」と戸惑われることも少なくありませんでした。そのフローを理解し、納得していただくまでに、少なくとも3年はかかったと思います。本当に、根気のいる仕事でした。

そこで学んだのは、自分たちの考えを一方的に伝えるのではなく、相手の立場や業界の常識を理解しながら、どう折り合いをつけていくかということ。お互いが納得し、前に進める形を探り続けた経験は、今も私の仕事の軸として息づいています。

人生を豊かにするスキル

● 多様な現場が育ててくれた、私の引き出し

現在は、レペットの卸を担当しています。
2017年からこの仕事に携わる中で、卸の役割は大きく広がってきました。百貨店や専門店に加え、著名人が運営するブランドとのコラボレーション、バレエ業界の方々との協業など、関わるフィールドは年々多様に。ひとつの型にはまった考え方では、対応しきれない場面が増えてきたと感じています。

だからこそ大切にしているのが、業界ごとの背景や価値観を理解すること。今では、初めての分野の方との商談でも、まず相手を知るところから向き合えるようになりました。


● 伝える力と学び続ける姿勢

販売の仕事は、「モノを売る」だけではなく、「想いをつなぐ」ことだと思っています。
卸も販売も、その先には必ずお客様がいる。誰に、どんな価値を、どんな背景とともに届けるのか。そこまで理解してこそ、本当の意味での提案ができるのだと学んできました。その奥深さこそが、この仕事の難しさであり、同時に面白さでもあります。

今振り返ると、「身につけておけばよかった」と感じるスキルのひとつが英語です。本国の想いや空気感を、誰かを介さずにダイレクトに感じ、伝えられたら、提案の幅はもっと広がっていただろう。そう思う場面は、今でも少なくありません。ただその一方で、「自分にはどんな武器があるのか」「何を磨くべきなのか」を考えるようになったことは、大きな転機でした。

そこで私が大切にしてきたのが、学び続ける姿勢です。会話を重ねながら相手の業界や価値観を知り、地域や人の背景を理解する。その積み重ねが、少しずつ信頼を築き、相談し合える関係へとつながっていきました。今ではその“信頼を積み上げていく力”こそが、自分自身のいちばんの強みだと感じています。


● 人と向き合うことで磨かれた、コミュニケーション力

実はこれまでのキャリアの中で、1年間だけ直営店舗の営業を経験した時期があります。2019年、営業職として関わることになったのが、当時レペットの販売を代行してくださっていたスタッフブリッジさんでした。毎月のミーティングでは、会社の枠を超えて知識や課題を共有し、「どうすればもっと良くなるか」を一緒に考える時間が本当に楽しかったですね。立場は違えど、同じ目標に向かう仲間だと感じていました。

その経験を通して改めて実感したのが、販売は人と人とのつながりで成り立つ仕事だということです。現場では想いがうまく伝わらず、行き違いが起きることもあります。だからこそ、相手の立場に立ち、根気強く向き合いながら対話を重ねていくことが、何より大切なスキルだと思うようになりました。

日々、店頭でお客様と向き合い続けている販売員の皆さんには、本当に頭が上がりません。現場へのリスペクトを忘れず、陰で支える立場として何ができるのかを考え続ける——それが、今の私の仕事との向き合い方です。

心を整える、私のリフレッシュ方法

● 家族と過ごす時間

以前の私は、休日になっても仕事のスイッチをうまく切り替えられずにいました。「ちゃんと休めていないな」と感じることも多かったんです。
でも、そうした経験を通して、年齢とともに、休日は自分を整えるための大切な時間だと実感するようになりました。

そんな休日に、いちばん心が緩むのが、ポメラニアンのポン太と過ごす時間です。クリーム色の小さな体で、気づくといつも足元にいる。もう16歳になりますが、その存在が愛おしくて仕方がありません。特別なことをしなくても、ただ一緒にいるだけで、気持ちがふっとほどけていくのを感じます。

また、主人が車好きなので、長期休みにはポン太も一緒に、車で日本各地を巡るのが我が家の定番です。毎年「今年はどこに行こうか」と二人で旅の計画を立てる時間も楽しみのひとつ。行き先を考える時間も、道中の何気ない会話も、すべてが私にとって大切なリフレッシュです。旅先で景色を眺めながら、「日本って、まだまだいいところがたくさんあるよね」と話す、そんな時間がとても好きですね。


● 切り替える力

以前の私は、オンとオフをうまく分けられず、休みの日も仕事のことを考えてしまうタイプでした。切り替えが自然にできる人もいますが、当時の自分には意識的な訓練が必要だったんだと思います。

そんな中、趣味を持ったことで、切り替える感覚を少しずつ掴めるようになりました。
その趣味が、2019年に始めたゴルフです。きっかけは父の存在で、「一度くらい、一緒にラウンドできたらいいな」と思ったんです。振り返ってみると、それまで父と二人でゆっくり話すことはほとんどなく、きちんと向き合って言葉を交わしたのは、就職活動のときくらいだったかもしれません。
だからこそ、共通の趣味を持てたことは、私にとってとても大きな出来事でした。

土日は平日よりも早く起きて、打ちっぱなしに行くこともあります。無事に父とラウンドできたときには、すごく嬉しそうだったのはここだけの話(笑)。楽しそうに話しながらプレーする父の姿を見て、「ゴルフを始めてよかったな」と思いました。

新しい趣味を持ったことで、オンとオフの切り替えが自然にできるようになりました。気持ちを整える時間が、仕事にも前向きな循環を生んでくれています。

この業界で働く方、そしてこれからチャレンジされる方達へ

販売の仕事は、体力も気力も必要で、決して楽な仕事ではありません。
それでも私は、商品を通して人と人がつながり、同じ時間や想いを共有できる、特別な仕事だと感じているんです。

今はWEBで何でも買える時代ですが、それでも「この人から買いたい」「この人がすすめる、これを選びたい」と思っていただける存在は、これからますます大切になっていくはずです。お客様が店頭で商品を手に取り、納得した表情で「これにします」と選んでくださる瞬間に立ち会えることは、販売という仕事の醍醐味のひとつなのではないかと思います。

商品そのものだけでなく、そこに込められた想いや背景、人となりも含め、選ばれる時代。
日々の生活そのものがスキルアップの場だからこそ、誰かのために一生懸命になれる環境は、人生を豊かにしてくれると感じています。

そして、誰かの笑顔や気持ちが動く瞬間を、現場で直接実感できること。それは、この仕事だからこそ得られるやりがいです。
その積み重ねが、私たち自身を磨いてくれる。身のこなしや装い、考え方まで含めて自分を整え続けることも、人と関わり続けるこの業界ならではの魅力だと思っています。

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PROFILE
室田 陽子
1971年 兵庫県出身。
1994年に大学を卒業後、株式会社レナウンルック(現・株式会社ルック)に入社。
百貨店婦人服の営業部門を経て、1998年、マークジェイコブス担当に。
インポートブランドのバイイング、営業を経験後、2005年からマリメッコ、2017年からレペットと、
ブランドは変われど、インポートブランドの卸売を全国一人で担当する業務に従事。
現在の趣味は、ゴルフ、ハーバリウム、フラワーアレンジ。好きな食べ物はうな重。