LeSportsac 石田 春彦さんに聞く『変わる現場、変わらない想い』

インタビュー
2025.10.29
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1974年、ニューヨークで誕生したLeSportsac(レスポートサック)は、軽量で耐久性に優れたナイロン素材と、遊び心あふれるデザインを融合させたバッグブランドとして、世界中の人々から愛され続けてきました。日本では90年代に爆発的なブームを巻き起こし、今もなお、時代の変化にしなやかに寄り添いながら、独自のスタイルを貫くことで、常にファッションの最前線で多くのファンを魅了し続けています。

そんなLeSportsacの日本における展開を支え続けてきたのが、石田春彦さん。30年以上にわたりアパレル・ファッション業界に携わり、現場から本社まであらゆるポジションを経験してきた、現場愛にあふれる実践派リーダーです。その熱い想いは、スタッフ一人ひとりの可能性を引き出し、ブランドの真価を現場で体現する人材育成に惜しみなく注がれてきました。

本記事では、石田さんのキャリアを振り返りつつ、アパレル業界が直面する変化や、これからの販売職に求められる視点やマインドについてじっくり伺います。

信じ、頼り、育まれたキャリア

●変わりゆく時代の中で見つけた、自分の道

私は東京・巣鴨で育ちました。巣鴨は「おばあちゃんの原宿」として親しまれる下町で、そこでの生活はとても温かく、昔ながらの人情味あふれる環境。父は仕事一図の会社員で不在がち、一方母は日本舞踊の先生として活躍していたんです。母の稽古場が自宅の近くにあった事もあり、多くのお弟子さんが出入りして家はいつも賑やかでした。家族以外のたくさんの人に囲まれて育ったおかげで、多様な価値観やコミュニケーションの取り方は自然に学んでこれましたね。

学生時代は環境問題に関心があり、社会学を専攻しました。将来は学校の先生になりたいと思っていた時もありましたが、心のどこかで「自分がやりたいことってなんだろう?」と悩む日々が続いていたんです。何かがしっくり来ない。自分の中でしっかりとした軸を見つけられず、もどかしさを感じていました。

そんな、進路に迷う日々の中で、いくつもの企業説明会に足を運んでいたある日、巣鴨のすぐ隣町・池袋にある西武百貨店の説明会に参加したんです。最新ファッションを身にまとい、堂々とした姿でお客様に向き合う百貨店社員達の姿。そんな先輩たちを見て、「自分もこんな世界で働いてみたい!」と強く思ったんです。気づけば迷いはなくなっていて、その場でエントリーシートを提出したんですよ。

実際に入社してからは、本店の婦人靴やバッグ売り場で接客の毎日。わからないことだらけでしたが、お客様とのやりとりは本当に楽しくて、気づけば夢中になっていました。その後、仙台への転勤を経験し、地域も人も文化も異なる中で、仲間と支え合いながら日々挑戦を続けてきました。このときの経験が、自分の根っこをつくってくれたと、今では強く感じています。


●失敗から学んだ「信頼の土台」

百貨店に就職し、3年くらいたった頃。同期より少し早く出世した私は、ある小さな売場のマネジメントを任されたんです。その頃は仕事にも慣れてきていて、何をやっても上手くいくという自信を持っていました。そのせいか、気付かぬうちに、どこか偉そうな振る舞いをする様になってしまっていて…。腕を組んで「俺がやりますから。」と言っては、人を寄せつけないような空気を出していたと思います。

そんなある日、当時の先輩に言われたんです。「石田くん、今のあなたが『誰か手伝って!』って言っても、誰も手伝ってくれないよ。みんな、君をそういう目で見ているよ?」——。

催事の準備で、ワゴンを組み立てようとしていた時のことでした。一人じゃ組み立てられない。けれど、誰も手伝ってくれない。
自分を大きく見せたいという気持ちがあったんだと思います。いわゆる自信過剰ってやつです。でも、逆の立場なら、自分は手伝おうと思えただろうか…。

そう気づいた瞬間、胸のあたりがギュっと苦しくなった事を覚えています。
仕事が上手くいっている時こそ、謙虚さと信頼の積み重ねを忘れちゃいけない。あの失敗は、僕にとって人と仕事をする意味を考える、大きなきっかけになりました。本気でぶつかってくれた先輩には、本当に感謝しています。今でも定期的に飲みにいく、そんないい関係が続いていますよ。


●頼る力、頼る勇気

よく「成長には失敗がつきもの」と言われますが、本当にその通りだなと感じています。私自身、何度も壁にぶつかっては、そのたびに社内外問わず多くの仲間に助けてもらってきましたから。ありがたいことに、昔も今も、支え合える仲間に恵まれているんです。

昔は「仕事は自分ひとりで完結すべきもの」と思い込んでいた時期がありました。でも、チームで働くようになって、時には頼ることも大切だという事に気づいたんです。甘えではなく、壁にぶつかったら自分から声を上げて助けを求めること。その勇気って、チームが前に進むためには欠かせないんですよね。

自然と支え合える関係って、すごく尊いものなんです。だからこそ、当たり前と思わずに、大事にしていきたい。困ったときに頼れて、誰かの力になれる。そんな仲間がいたから、私は何度も踏み出す勇気を持ってこれたんです。

長く働いてきて感じるのは、やっぱり人とのつながりが一番の財産だということです。
社内・社外問わず、一緒に頑張れる人たちに出会えたこと。それがキャリアで得た何よりの財産だと思っています。

人間力は、現場で育つ

●「察する力」が武器になる

この業界で長くやってきて、一番役に立ってるなと思うのは“察する力”。
よく“ウェットな人”と“ドライな人”がいるって言いますけど、小売の現場にはウェットな人の方が向いてると思います。もちろん、優しすぎてもダメだし、馴れ合いになってもいけない。けれど、お客様やスタッフ、一緒に働く仲間に対して、「この人、今どんなこと考えてるんだろう?」とか、「何に困ってるんだろう。」って自然に感じ取れる力があると、誰かのために行動ができる。その行動が信頼に繋がっていくんです。

今の時代、ドライな考え方や仕事の進め方が求められる場面も多いし、もちろんそういった人材の方が活躍できる場面だってある。でも、小売業のように人と人の間に立つ仕事においては、やっぱり相手の気持ちを汲み取る力が強みになるんですよね。


●誰と働くことが、あなたを育てる

ブランドの名前や会社の大きさって、やっぱり最初は目を引くし、魅力的に感じますよね。けどね、僕が小売の仕事を30年以上やってきて思うのは、「どこで働くか」よりも「誰と働くか」のほうがよっぽど大事だってこと。小売って、思ってる以上にチームで成り立ってる仕事なんです。販売って一人じゃできないし、お客様からは四六時中見られてる。

だから、体調が悪くても、気持ちが乗らない日でも、しっかり立っていなきゃいけない場面があったりもする。でも、そういう時に「大丈夫?」「ちょっと休んでて!」って言ってくれる人がいるだけで、救われるんですよ。

逆に、自分が仲間を支える側になることもある。そういう助け合いの積み重ねが、チームを作っていくんです。もし今、自信がなくても大丈夫。小売の現場って、人を育ててくれる場所でもあるんです。だからこそ、「この人たちと働きたい」と思える環境を選ぶこと。自分を成長させてくれる“人”との出会いが、仕事の価値を何倍にもしてくれるはずです。


●苦手こそ、伸びしろ

誰にでも、苦手なことはあります。でも、それを理由に避けてばかりいると、成長のチャンスを逃してしまうんですよね。トレンドの移り変わりが激しいこの業界だからこそ、「苦手」にも正面から向き合う姿勢が、自分を大きく成長させてくれます。やってみたら案外簡単だったとか、苦手意識そのものが思い込みだったと気づくことも少なくありません。

数字や資料だけでは伝わらない「リアル」は、自分の足で動いてこそ見えてくる。だからこそ、苦手だからと立ち止まらずに、まずはやってみること。「苦手」の先にこそ、まだ見ぬ自分が待っています。


●想いを伝える現場のチカラ

レスポートサックに出会ったのは、私が35歳のときでした。明るくて、カジュアルで、でもどこか品があって。インポートブランドなのに手に取りやすい。そんなレスポートサックのあふれる魅力に、一瞬で心を掴まれました。

でも同時に、「こんなに素敵なブランドが、まだまだ知られていないのか」と、もどかしさも感じたんです。魅力をもっともお伝えできるのは’’お店に立つスタッフだ!’’と信じていました。
だからこそ、まずは現場のスタッフにブランドを深く知ってもらい、心から愛してほしい。その気持ちに自信を持って、お客様に伝えてほしい。──そんな想いが、日に日に強くなっていきました。

ちなみに現職でアウトレットの責任者をしていますが、今も店頭に立ってスタッフと一緒に販売したりディスプレイを変えたりしていますが、立ちすぎるとスタッフが固まってしまうので、そこはほどほどにしています(笑)。

そんな気持ちに背中を押されるように、私は全国の店舗をまわり、ブランドの想いや背景、こだわりを一つひとつ丁寧に伝えていったんです。商品だけでは伝えきれない“想い”を届けること。ブランドの温度を伝えられるのは、やっぱり現場の力だと思うんです。

気持ちを整える仕事術

●気持ちの整え方

大切なのは、「こうすれば整う」という自分なりの方法を、日頃から見つけておくこと。自分をうまく整える技術も、立派な仕事のスキルだと思います。

特に、小売の現場は「空気感」がそのまま「売上」に出る仕事。私たちの気持ちが沈んでいたら、お客様にも自然と伝わってしまいます。だからこそ、自分の状態に気づいて整えることは、自分のためだけでなく、チーム全体の空気をつくることにも繋がる。そんなふうに思っています。


●現場の空気に背中を押される

僕にとって、何よりのスイッチは’’人と話すこと’’なんです。私みたいなベテラン社員でも仕事がうまくいかない事や多忙な時には気分もネガティブになりがちです。そんな時は特に売り場のスタッフへ電話したり店頭で話したりすると、自然とポジティブになります。スタッフたちが一生懸命働いてる姿を見たり、悩みながらも前向きに頑張ってる声を聞いたりすると、「こんなんじゃダメだ!」って、ハッとさせられるんです。自分ももっと頑張らなきゃって、心から思えます。

誰かの熱意や想いに触れることで、自然とエネルギーが湧いてくる。
やっぱり、現場の第一線で頑張ってる人たちって、本当にすごい!

大事なのは、余白

●心を整える

休みの日は、できるだけ都会の喧騒から離れるようにしています。向かうのは、川や山など、人の少ない静かな場所。5年前に東京のはずれへ引っ越したのも、自然のそばで暮らしたかったからなんです。

家の近くには川があって、朝はランニングをしたり、たまに釣りを楽しんだり。そんな何気ない時間が、今の僕にとっての大切なリセットの時間です。
好きなことに夢中になる時間があると、心が少しずつ満たされていって、また一週間を頑張ろうという気持ちになれますからね。


●人生に深みを与える時間

1人で過ごす静かな時間もいいけれど、やっぱり1番は家族や友人と過ごす何気ない時間が好きですね。家のベランダでバーベキューして、ビールを片手に過ごす瞬間は何よりのリラックス。私にとっての至福のひとときです。

こうした時間があるからこそ、私は仕事に対しても情熱を持ち続けられるんです。リフレッシュって特別なことではなく、日常の中に自然に組み込まれているものだと思います。

この業界で働く方、そしてこれからチャレンジされる方達へ

アパレル・ファッションの販売職って、「自分の“好き”を誰かに届けていく」仕事なんだと思うんです。うちのメンバーたちを見ていても思いますが、本社も店舗スタッフも、みんな本当にレスポートサックが大好きなんですよ。もちろん、私自身もそう。好きなブランドを、自分の言葉で、お客様の生活に届けていく。これって、すごく素敵な仕事だと思っています。

レスポートサックでは、2週間に一度新商品が登場します。柄が変わったり、形が変わったり、ワクワクするようなコラボレーションがあったり。スピード感はありますが、それを楽しみにしてくれているファンの方が沢山いる。接客や売り場を褒めていただく機会も多くて、スタッフたちはみんな鼻が高いし、誇りを持って働いてくれているんです。

空港でレスポートサックのバッグを持っている人を見かけたり、お化粧室でポーチを使っている方を見たり、そんな小さな瞬間にスタッフはすごく喜びを感じているんですよね。「レスポ」ってニックネームで呼んでもらえるブランドに成長したことも、沢山の方に愛されてきた証拠だと思っています。

この業界で働く方にも、これからこの業界を目指す方にも、ぜひ“好き”という気持ちを大事にしてほしいですね。そして、現場で働くことでしか味わえない、誰かの生活に“好き”が届いた瞬間の嬉しさを、ぜひ感じてほしいです。

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PROFILE
石田春彦
1968年 東京都出身。
大学卒業後、91年株式会社西武百貨店入社。
池袋本店、仙台店にて12年在籍し、ファッションを中心に販売促進、予算計画セクションを歴任。
2004年に株式会社レスポートサックジャパンへ転職。
直営店マネージャー、販売スタッフ統括などを経て、
現在は店舗開発(兼)ストアデザイン・アウトレット部 部長。